呼吸について ~道路掃除夫ベッポのことば~

「なあ、モモ。

 とっても長い道路を受けもつことがよくあるんだ。
 おっそろしく長くて、これじゃとてもやりきれない、こう思ってしまう。

 そこでせかせかと働きだす。
 どんどんスピードをあげてゆく。

 ときどき目をあげて見るんだが、いつ見てものこりの道路はちっともへっていない。
 だからもっとすごいいきおいで働きまくる。

 心配でたまらないんだ。

 そしてしまいには息が切れて、動けなくなってしまう。
 
 こういうやりかたは、いかんのだ。



 いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるな?

 つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひとはきのことだけを考えるんだ。
 いつもただつぎのことだけをな。


 するとたのしくなってくる。
 これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。
 こういうふうにやらにゃあだめなんだ。

 ひょっと気がついたときには、一歩一歩すすんできた道路がぜんぶ終わっとる。
 どうやってやりとげたかは、じぶんでもわからん。
 
 これがだいじなんだ。」

 ミヒャエル・エンデ作 『モモ』より、道路掃除夫ベッポのことば





『モモ』はお気に入りの本のひとつです。
ときどき読み返すのですが、そのときそのとき、違う気づきがあり、その物語の奥深さに感動します。

今回強く印象に残り、ノートにも書き写したこの一節。

ヨガでも学んでいる呼吸の大切さと重なって、
ひといき、ひといきを味わうように、いまにどっぷりいることの安定感、安心感、満足感・・・

振り返ってみると、母親になってからというもの、慣れない子育てにひたむきにがんばってきた日々は、浅い呼吸ばかり重ねてきたような気がします。

もっとひといき、ひといき、丁寧にできていたら・・・

体の痛みを呼吸で逃がせるように、
大変だと感じる心も、少しはほぐれただろうにな。

あまり後悔はしない性格ですが、対こどもとなるとちょっと別格のようです。

こどもたちは一生懸命そのことを教えてくれてきたのかもしれません。
そして、わたしは一生懸命そのことを学びたかったから、悩んできた、きっと。


自分のペースで動けるって、しあわせ。
でも、呼吸を合わせてあげたい誰かがいるって、なんてしあわせなんだろう。



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