映画 『晴天の霹靂』 で思う親心。

晴天

父親はラブホテルの清掃員。
母親は他に女をつくった夫に愛想を尽かして出て行ったきり。
両親がそんなだから、自分の人生なんてこんなもんだ。
さえないマジシャンとしての惨めな日々に嫌気がさした主人公・晴夫(大泉洋)が、ある日突然雷に打たれ、なぜか過去に戻ってしまう。
そして自分が生まれる前の両親と出会い、接していくなかで誤解が解け、もう一度生き直す力を得る。そんなストーリー。

映画 『しあわせのパン』 『ぶどうのなみだ』 と、大泉洋さんが素敵だったので、この作品もなんとなくみてみたら、すごくよかったです。


以下、少しネタバレありです。


一番好きなシーン。
晴夫が未来からきたことは誰にも知られないまま、話は進んでいくのですが、母親だけは、未来が見える能力があるのでは?と勘付いていて・・・
おなかも大きくなってきたある日、自分とこどもの未来について聞くのです。

自分の命をかけてまで赤ちゃん(晴夫)を産もうとしている母に、晴夫は迷いながらもこう答えます。

「あなたは・・・ こどもにとって生きる意味です」

そこからはもう、涙涙・・・!



親がどんなにこどもを愛しているか。


たとえそれが、遊んでくれるとか、話を聞いてくれるとか、気持ちをわかってくれるとか、願いを叶えてくれるとか、そのときこどもが望んだ形ではなかったのだとしても。

親は子を思い、精一杯やっている。
そして子も、精一杯それを受け取ろうとしている。

「生きる」ということが今より少し輝きを増す、そんな映画でした。



さて、ふつうはタイムスリップなどしないので、本当の親の心を知る機会はあまりないかもしれません。
今になって昔のことを聞いたって、親だって忘れているかもしれませんし。

それでも。

子育ては自分の子供時代をもう一度体験すること、と聞いたことがあり、わたしも今その中にいる、と感じています。

些細なことにイラついてしまうとき。
こどもの素直な疑問に、真剣に応えるか、適当にごまかすか。
なんでも好きにやらせてあげたい。
でもどこかで制する必要もある。
つきあいきれない自分もいる。
そういう葛藤のなかで、ひとつひとつ選択していく。
これでいいのかと迷いながらも、信じるしかない。

まったく母はどうしていたのだろうと思う。
そして、悩み、迷い、葛藤する、そこに愛があると気づくのです。

思春期以降など、さぞ生意気だったことと思う。
迷惑も、心配も、山ほどかけた。

それでも。

もう知らない!
なんて投げ出したりしないで、そばにいてくれた。

ただそのことが愛なんだと、今なら思うのです。



自分の愛を伝えられているのか、不安になることがあります。
わたしは立派じゃないから。
目に見えないから。
わからなくなるんです。
大好きだと言いながら、怒ったりするしね。

でも、正しいやり方はできないけれど、私なりの精一杯で一緒にいること。
抱きしめるとか、大好きだって言うとか、それだけじゃない、毎日の暮らしの中でこどもとちゃんと向き合い続けることで伝わっていくものもあるんじゃないか、って思いたい。

映画の中で、母親は命をかけて赤ちゃんを産みます。
幸いにも、私は今も生きていて、うまくいけば、こどもたちの未来もみることができる。
一緒に生きることができる今を大切にしたいと思います。



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